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海を広げて

言えない言葉がいくつもあった。
カチリ、と音を立てて私の中で扉が閉まる。
固め抜いて、守り抜いていかなければならない。
そういう風にしか、出来ない。
「出来ない」一番言いたくはないけれど。

「大丈夫、出来るよ」その言葉だけを欲しがっていた。
背中を押してくれる手。
いつもいつも、信じられるものを探している気がする。

手を取って
連れて行くならその先に
海を広げて

小さい頃、海は怖かった。
波音は途切れないし、どこまでも追ってくる。
今でもまだ怖い。
飲み込まれたら帰って来られなくなりそうで。
見ている分には果てしなくきれいで、でも一度入り込んだら途端に無慈悲になりそうで。

そうやって、いつもじりじりと地面に足を踏みしめて、
しがみついて、
上手に漂うことを知らないからこんなに不器用なんだろうな。

誰かにどこかに何かを求めるのではなく、自分で生み出していけたなら、いいと思う。
言うべき言葉と言わなくていい言葉の判別も、つくようになるはず。
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by rino_utg25 | 2005-06-30 00:04

ベルが一度だけ鳴って

四葉のクローバーのしおりを、
失くしたのはよかったのでしょう?

だってその効力を過信しすぎる。
楽しさを求めすぎる。


認められる喜びは、
エネルギーを生む。

でもそれは、降って湧くものではないでしょう?



フルートが吹きたいと思う。無性に吹きたいと思う。
ピアノが弾きたいと思う。時間を忘れて弾きたいと思う。

音は聴くのではない、振動に吸い込まれるもの。



電話のベルが一度だけ鳴って、ふと気がつく。
一人でいたって二人でいたって何人でいたって、寂しい時は寂しいし、楽しい時は楽しいし。


不安定なmodeに抱えきれないものがあるなら


時には
フルートを練習するように、ピアノを練習するように、
一つの音程に、一つのタッチに、集中する。


もう一度、集中してみる。
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by rino_utg25 | 2005-06-22 00:42

クリスマス

バイト先の倉庫に、「クリスマス用品」と書かれた大きな紙袋があった。

夏のような暑さの中、突然粉雪が降り始める。
舞い降りてくる雪を見上げてみれば、全然白いものじゃない。
そして窓の灯り。


「クリスマスってなんでわくわくしちゃうんだろうね。」
「確かにね。信者でもないのに。」
「クリスマス商戦とかイルミネーションとかじゃなく、でもなんかキラキラしてて楽しいよね。」
そんな会話をしたね。


きっとクリスマスが楽しいのは、寂しさが許される日だからだ。
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by rino_utg25 | 2005-06-18 01:01

置換作業

あなたの幸せを定義してください。
言葉じゃなくていい。

それは例えばどんな色?
それは例えばどんな匂い?

名前のない色でいい。
表現できない匂いでいい。

ただ漠然と、でも感覚のどこかがしっかりと捉えている。


それを誰かに伝える必要性が出てくる。
「何となく」は許されない。全てを言葉に置き換えていく作業が始まる。

すなわち社会への参入。
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by rino_utg25 | 2005-06-10 00:51

午後の果て

そう、いろんなことがある。
身近な人の苦しさに気がつかなかったり、
ひたすら歩いて夜を越えたり、
遠い耳鳴りをかすかに感じながら街のエネルギーに浸ったり。

私をとりまく諸々の事象 環境 
誰かをとりまく諸々の事象 環境
 

「それでも私は私で、どこまで行っても私でしかないんだ」
そう、ようやくわかるようになった。
そして誰かは誰かで、どこまで行っても誰かでしかない。
それは諦めとは違う。他者性という長い長い触手。



レースのカーテンが軽く揺れて、やわらかな風が入ってくる。
よく晴れた午後 何もしない一日
スケッチブックに気ままに色を置いていく、ただそれだけで何時間も過ぎる。
「最高の午後だね。」
そう、わかる。
最高の午後だね 最高の午後だったね。



他者性と自己客観性のトグロにがんじがらめにされたくはない。
それ以上でもそれ以下でもない優等生的見解に終始してしまうのではない?
それでも
そう、いろんなことがあるから、
あの日の午後の果てにだって行かなければならない時はきっとあるんだから、
それなら
まだしぶとく もっとしぶとく諦めない自分を自分に返して
誰かである誰かにすがらないで

そう、そうでしょう
忘れたりしない、でも、すがったりしない。
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by rino_utg25 | 2005-06-05 00:48